何しに塾に行くのか

基礎ができていないと言うことは、料理をするのに具が無い状態だ。基礎の入れ込みがたいへんなのだが、どういう具なのか、質がいいのか、量は足りているのか。まずこの時点でアウトだと何も進まない。

単語も覚えてないのに英文は読めないし、漢字がよく分からないような文章は読めない、数学の問題解くのに定義や定理が分からない。これでは話にならないわけだ。理科とか物理とか化学生物こういうのは、用語の正確な理解、用語の意味は、説明してもらったりして、基礎を固めるのが、社会でも教科書読んだだけでは、用語の羅列で分かりにくい。

基礎を入れる段階で多くの人は挫折している。基礎ができていると勘違いしないことだ。というより苦痛なので多くの人自分もだが、苦手な科目は、具もないのにいきなり料理

しようとする問題と傾向にある。これでごまかせるのは、定期テスト。入試は、特に難関は通用しないだろう。

 

基礎ができた。これは、具がそろった状態。これから本当に使えるのか、問題で試すわけだが、基礎の入れ込み方も工夫があるが、問題の切り込み方、文章の読み方、英文の読み方、つまり、料理の仕方を指導者に学ばないと伸びない。基礎の入れ込み方と基礎の使い方を自分で全部できる人は、

少ないだろう。

学ぶというのは、最初はまねると同義だ。ざっくり言うと、基礎を各科目入れ込んで、組み立てを自分で出来るようになって、各科目の解き方が分かれば、そして、計画立てて実行できれば、どこでも理論的には、合格できると思う。

ほとんど何もできていない人が多いからだ。自分も過去を振り返ると何をやっていたんだろうと思う。逆によくわかるのだと思う。笑。

基礎ができたら、問題を解くのが楽しくなる。最初はできなくても大きく伸びるのだ。段々楽しくなる。

 

塾の役目は、基礎の入れ込み、学習の組み立て方、問題の解き方の3つの指導段階がある。学習のやり方つまり学習理論を教えるのが塾で、わからないところを教えるというレベルでは、焼け石に水ではないだろうか。

素直さが無いと間違った習慣が身についていると子供は、何言ってるのこのおっさんということになる。笑。塾で伸ばすには、親の理解と子供の素直さが必要だと思う。

自分も子供から学ぶことがある。いずれにしても中途半端な人ほど変なプライドを持っているのは間違いない。子供も大人も変わらない。

死ぬまで謙虚さは必要だ。話がそれた。笑