やる本人が出来るようになったという実感

昨日難関私立高校を目標に毎日来る塾生がいる。社会がにがてと言っていた。1年分過去問させたら、3割ぐらい。これではまずいと思い。昔作っていた教材を、倍速つかってパソコンで反覆させた。これは、前に書いた。一週間といっても12時間だ。

これで168ページある本を計4回回したことになる。何も書いていない、聞くだけだ。

そしてやっていない過去問を解かせた。

そしたら、どうなったか、答案用紙が明らかに変化した。一回目は、ほとんど手つかずが、2回目のやっていない問題で、かなり書けていた。

結局6割から7割の点数に変化した。合格点に到達した。問題がむつかしいからだ。

何がおもしろかったかと言うと、本人が一番驚いていたことだ。

こんなに短時間で変化するのに驚いていたのだ。常識が非常識と言うことが学習の世界には多い。見ている視点が違うのだ。伸ばす視点が違うことが多い。

やり方合理的なら、短時間でも変化するのだ。短時間でも反覆させてというか、逆に短時間でないとまずいのだが、社会とか用語の理解と暗記が大切なものは、いくら問題解いても効率が悪い。また知識の入力に時間かけすぎなのだ。

問題解く前に覚えようや。これを強く感じる。

ノートにきれいに書いても脳みそに定着しないと意味がない。パソコン使わないと無理な世界がある。

時間をかけたから出来るようになるかどうかわからない。覚えないとどうしようもない科目がほとんどだ。

短時間で伸びる実感がわくと強い。特に入試の問題が解けるようになった実感は、貴重なものだ。

塾生を指導して、こんなのが自分のときにあったら、自分も得意になっていたのにと思うことがよくある。

出来るようになって嫌いな科目になるはずがない。分からない、出来ない、やる気が起きない、これで嫌いになるのがほとんどだ。自分もそういう科目があったからよくわかる。それをどうするか。いろいろ研究してきたつもりだし、今からもやるつもりだ。

やり方と本人のやる気と素直さで、変わるのをまじかで見させてもらった。