ある本を読んでいたら、日本人は全体を考える力が弱いと書いてあった。そのとおりだと思う。
逸話として、ある村人びとたちが象を知らなかった。そこで、わざとたくさんの人に目隠しをして象に触らせた。足を触った人は、棒のようだといい、鼻に触った人は、別なことを言う。
つまり全体を見ないと部分だけ見ても、本当のところが分からない。
分析と統合も同じことだ。
学習は、全体をつかんでから部分に入るとよくわかるようになる。肉付けをすると言う事だが、これができていない。細かなことを全部覚えないといけないと思いこまされたようなやり方で学習をしていることが多い。
たとえば古文が分からないと言う人は、薄い文法書を読んで細かな点は良いから何度もやりこめば全体が分かる。全体がつかめたら細かな部分も理解できるようになる。
英文法が分からない人は大抵、品詞の働きとか、5文型の大切さが分かっていない。細かなことを丸暗記する癖と言うか全体をつかんで細かなところに行くということができていない。
根本のところがわかっていないとバラバラの使えない知識が増えるだけだ。
ノートをつくるのが悪いわけではないが、何でもかんでも書くというひとは、ポイントがわかっていない証拠だ。
そんなに脳みそにたくさんの知識を無秩序に入れられるものではない。
なんかおかしな教育が当たり前になっている気がしてならない。全体をつかむと言う意識は絶対必要だと思う。
これがないと伸びにくい。伸びにくい学習の癖をつけている人が多い。
何度も反覆しないと全体はつかめないことが多い。
宿題に追いまくられたような学習は、部分しか見ないから力がつかない。