映像教材。

ある塾教材会社のパンフの中に、簡単に言うと映像教材がこのごろ出てきたが、読み書きそろばん人間が直接教えたほうがいいと書いてあった。この会社は先が短いなと思った。笑。

映像教材がいいのかどうかという議論は、人間は死んだらどうなるかとか、神様がいるのかいないのかと同じぐらい愚問だ。

どうしてかというと、誰に、何を、どう学習させればいいのか、とかそれぞれの子供の学習効果という観点がない。まして受験では、どちらが効果がその子ににとっては高いのか一概には言えない。つまり分かりっこないからだ。そもそも見たこともつくったこともない人間が分かるものではない。

映像教材もピンきりだと思う。人が出てきたほうがいいのかというとそうでもないし、いろんな種類が出てきている。授業がよいかといえば、すごく分かりやすくて、楽しい授業から黒板に向かってただ書いてるのもある。つまりピンきりなのだ。網羅性があるのかということと何を目的としているのかが大事な点だと自分は思う。

ただこれだけはいえるが、人間は忘れる。授業を聞いて一回で覚えられたり、単語とか,若いころでもそんなに覚えられたような気がしない。つまり繰り返しがないと凡人は忘れるのだ。

北何とか予備校は、昔は映像授業を批判し、うちは生講義だ。だからよいという。化石に近い論法で生徒集めをしていたが、反復しないと効果がないということでDVDの授業見直しを宣伝に使っている。

このごろ近くに大手の高校生対象の塾があるが、反転授業と言って自分の塾教材で使用している手法と同じのを家庭で配信しているようになった。

子供の学力を具体的にどう伸ばすのかと考えてみると、説明があったほうがいいし、直前にも見なおせたほうがいいし、教科書から説明があったほうがいいし、入試問題について説明があったほうがいいし、と考えて8年前から自分の塾で何人かで協力して教材をを作ってきた。

テープまで入れると馬鹿みたいに長く、いろんな音声教材を作ってきた。人は、自分の見た世界しか見えない。ただそれがすべてだと思わないほうがいい。

見えない世界見たことのない世界とか教育の世界にもたくさんある。自分も見させてもらったし今からも見たい。何がおもしろいかというと子どもが変化することだ。どう変化するかは予測できない。

つりをするには道具が要る.鯛を釣る道具とキスを釣る道具は違う。子供たちの視線から考えまた自分が受験生であったらこういうのがあったらいいのになあという思いでいろんな仕掛けを作ってきたし、今でも作っている。

理にかなっていないと学力は伸びない。映像授業でいいものは、反復ができて速度調節ができて、受験前に使えるという点で、学習効果が高いという点では否定できない。だからといって授業がよくないとかではない。自分も授業は10年以上やっていた。授業でしかできない世界もある。でも映像にはできて授業ではできないのがいっぱいあるのも確かだ。

思うに、映像と授業がコラボすれば、恐ろしく合格率の高い学校ができると思う。落ちこぼれがでにくい学校だ。

効率よく理にかなった学習ができるのは、間違いない。映像と言ってもピンきりだ。

教育論で一番つまらないのは、やってもいない人間の言説だ。伝統も大事だが、新しいものを取り入れて改良するというのがないと、子供の能力とかに視点がいく。授業で塾でとなると大手に勝てるはずがない。小さい塾は、人がやらないことか個性で生き抜くしかない。普通に今までどうりのやり方では、普通につぶれる時代になった。

伸ばすことを考え、子供の視線から考えるといろんなことができる。映像もピンきりだというのは間違いない。何でもひとくくりにしないほうがいいと思う。

問題は、子供をどう伸ばすかということで、教える側の信条とかは二の次だろうが、逆になっていることが多い気がする。

ただこれだけは間違いないないのは、できない子でも大きく伸ばす力と短期間で効率よく伸ばすのは、映像のほうが上だろうと、理論的にも経験的にも思っている。

生講義だけでで、1年半で不登校生がほとんどゼロから早稲田特待合格とか、無理と思う。でも授業も残すべきだとは思う。映像だけではまずい。笑。