おかしくないかの一つ

高校生を教えたり、浪人した子の話を聞いたり、学校通信とか見ていると首をひねりたくなることが多い。どこを向いて仕事をしているかわからない先生方がいる。もちろん直接話した先生で、このひとは、わかっていると思うひともいる。全部がそうだと言ってるのではない。

特に疑問に思う点が3つある。そのうちのひとつについて言いたい。

塾生がよく言うし実際見ていて思うが、使わない問題集とか参考書を買わせる。ひどいのになると、高3の12月で使わない数学の問題集や参考書を買わせていた。どういう神経なのかわからない。入試一ヶ月前に新しい本とか手を出して良いのか、小学生でもわかる子は分かる。何も考えていないのか、何か買わなきゃいけないほかの理由があるのか。子供の学力とか伸ばす気があるのかすら疑問がある。本気で伸ばそうとしていたのならそっちのほうがもっとあぶない。与えればいいということになるからだ。

それから途中で教材を変えるひともいる。やっていたらよくないというのでほかのにかえるのだ。しっかり最後までやれよと言いたい。悪い癖をつけるだけだ。一冊決めたら最後まで、そして繰り返すべきだ。最後までやらないとか話にもならない。ころころ教材が変わる。気分で教材を変えたりする人もいる。

そもそも参考書とか学校が購入すると業者は喜ぶ。部数がまとまって注文されるからだ。数研んのチャートの青とか宮崎県の高校大好きだが、もっと薄くていいのがある。数研出版に恩義でもあるのだろうか。どうせプリントにして宿題として出すのなら、あんな分厚い本要らないしやれない子のほうが多い。

教科書まともにわかっていない子のほうが多い。もっと教科書大事にした教育のほうがずいぶんましだろうと常々思う。塾が教科書を指導しないといけない子が多い。チャートの7割は教科書に書いてある。

宿題を出すにしてもせめて宿題出したら解説はしてもらいたい。答えをわたすだけのひともいる。それはそれでしょうがないとしても、どうして使わない参考書とか問題集を買わせるのだろうか。浪人した子はずいぶん使わない本を持っていた。

業者とつながりがあるのかとかんぐりを入れたくなる。仮に渡した本を全部やるとすると超人的な能力の持ち主か、寝ないでも生きていける人に限られるだろう。

金がもったいない。金を出すのは誰なのか。自分で出すならわかるが、やれないしやっても解説もしない教材は、与えるべきではない。金を出すのは親なのだ。

塾生には、基本教科書と過去問で十分だと言っている。やる時間がないのだ。やれない本とか参考書オタクの道に進むだけというより、ごみになるだけだろう。

田舎は、学校の先生が言っているから、正しいという理屈で成り立っている。誰が言ってるからとかぜんぜん関係ない。内容が問題なのだと思う。

話はそれるが、法科大学院の制度の導入と司法試験改革した京大教授とか、今ではぼろくそに言われているが、政府ももろ手を挙げて賛成だった。まともな感覚なら、日本がアメリカみたいになるはずがないのは分かって当然だ。これをトップが分からない国なのだ。今では,法科大学院のほとんどが、定員割れを起こしている。

言いたいことは、権威とか肩書きとか当てにならないし、もっと物事の本質見たほうがいいと思う。

読まないやれない本を買わせるべきではないと思う。誰も文句を言わないので理不尽なことが好き勝手にできているような気がしてならない。